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東京高等裁判所 昭和34年(う)1040号 判決

控訴人 被告人 長沢明

弁護人 吉田賢三 外二名

検察官 粂進

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

吉田弁護人の控訴の趣意第九点について。

論旨は、原判決が原判示第二の事実認定の証拠として掲げた被告人の(1) 検察事務官に対する昭和三十一年六月十一日付供述調書及び(2) 検察官に対する同年十一月四日付供述調書はいずれも原判示第二の事実を起訴した後に取調の上作成されたものであるから証拠として採用すべからざるものであるというのである。よつて按ずるに、被告人の右各供述調書がいずれも原判示第二の事実の起訴後に作成されたものであることは所論のとおりであるが、捜査についてはその目的を達するために必要な取調をすることができることは刑事訴訟法第百九十七条の規定するところであつて、同条は捜査官の任意捜査につき別段の制限を設けていないから、同法第百九十八条の「被疑者」とある文字にかかわりなく、起訴後においても捜査官はその公訴を維持するために必要な取調をなし得るものといわなければらない。もつとも、刑事訴訟法上の被告人の当事者たる地位にかんがみ、できうる限り起訴後における被告人の取調はこれを避けるべきであることはいうまでもないところであるが、これによつて直ちにその取調を違法とし、その取調の上作成された供述調書の証拠能力を否定すべきではないのであつて、本件においては前記(1) の供述調書は起訴後第一回公判期日前に取調がなされて作成されたものであり、また同(2) の供述調書は主として追起訴にかかる原判示第一の事実につき取調がなされた後先に起訴された原判示第二の事実についても念のため前記(1) の供述を確かめる意味において取調がなされたものと認められる(その内容も(1) の供述を出ないものである。)のであるから、その取調は適法であつて、前記(1) 及び(2) の各供述調書はいずれも証拠能力を有するものといわなければならない。(当裁判所昭和二九年(う)第二五九三号、同三〇年二月一日判決参照)したがつて原判決には何ら所論のごとく採証法則に違反するところはなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 坂井改造 判事 山本長次 判事 荒川省三)

吉田弁護人の控訴の趣意

第九点原判決は第二事実認定の証拠として、(1) 被告人の検察事務官に対する昭和三一年六月一一日付供述調書、(2) 被告人の検察官に対する同年一一月四日付供述調書を採用挙示した。しかし、右両調書は被告人が右事実につき起訴された後に取調べ作成されたものであるから証拠として採用すべからざるものである。すなわち、被告人は第二事実につき昭和三一年三月二七日逮捕、犯意を否定していたが同年四月十四日起訴され、その第一回公判期日は同年六月二七日開かれた。ところで、(1) の検察事務官調書は起訴後である同年六月十一日に取調べ作成され、(2) の検察官調書は公判期日が開かれた後(第二回公判期日昭和三一年九月二四日)昭和三一年一一月四日に取調べ作成されたものである。凡そ、新刑事訴訟法の下では、検察官が被告人を起訴後においてその公訴事実につき公判の手続によらずして取り調べることは、刑事訴訟法における被告人の地位に鑑み許されないものであり、その取調べにおいてたとえ供述調書が作成せられたとしてもこれには証拠能力がない。(東京高等裁判所昭和二七年一二月二五日判決東京高検判決速報、なお、団藤重光著条解刑訴法三六四頁、コンメンタール刑訴法二六三頁参照)。けだし、刑事訴訟法第一九八条は捜査官の被告人に対する取調べにつき「被疑者」と規定し「被告人」の取調べは許容していないし、新法は旧刑事訴訟法と異なり特に被告人の当事者としての地位を強化し、公訴事実に対する攻撃防禦はすべて公判手続において尽すべきものとの建前なのであるから、起訴後において、当該事実につき更に捜査官が被告人を、弁護権も十分尽せない捜査手続の延長としてひとり取調べることは許されないと解すべきだからである。もし、これが許されるとするならば、被告人は公判手続において防禦を尽しても、裏において取調官からこの防禦方法を覆滅する強圧をうけることとなり結局において、被告人の地位は旧刑訴時代と何ら異ならず、新法の当事者主義の建前は全く否定されて了うことになる。然るに、前記のとおり起訴後における被告人の検察事務官及び検察官に対する供述調書を証拠に採用した原判決は、採証の法則に違背するから、破棄を免かれない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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